金泉山慈昌院
 長 慶 寺



金泉山慈昌院長慶寺は、行基菩薩開創になる。人皇四十五代聖武天皇の勅願寺で往時は海会宮寺と号し現在の市丘神社周辺に五重塔をはじめとする七堂伽藍をそなえた寺院であった。その後、根来寺の北の玄関として栄えたが、尾田信長の根来征伐の時焼討ちされ伽藍はことごとく焼失、ただ一宇中ノ島にあった奥之院観音堂が類焼を免れたため慶長年間秀頼の命により本尊如意輪観世音菩薩と観音堂を現在地に移築し、開山堂の鐘楼、庫裏、方丈等新築し年号を逆にとって長慶寺と改めた。以来岸和田城主岡部公の祈願所として、また泉州観音信仰の霊刹として信仰をあつめていたが、明治の廃仏毀釈等の影響により寺運は衰退の一途を辿り戦後は往時を偲ぶべくもないほど荒廃した。
終戦後次第に復興の気運がみなぎり、本堂、客殿の大修理、信徒会館の建設、庭園増築、山門、多宝塔の建立により山容が整い、また平成16年10月24日には三十の塔の落慶法要が行なわれる予定になっている。
行基菩薩御自作の本尊如意輪観世音菩薩は秘仏でその御開帳は六十一年に一度、須弥壇両脇には多聞天、持国天固し、向かって左には愛染明王、不動明王、右には弘法大師、役の行者を奉安している。
持仏堂には阿弥陀如来を祀り、平成3年4月落慶の多宝塔には開山行基菩薩が祀られているほか、境内には西国三十三ヶ所、阪東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所の各本尊石仏が中小数十の御堂に祀られており、参道の石段も各霊場石体仏にちなみ百段となっている。
伽藍が小高い丘の上に位置するため大阪湾を一望にでき、神戸、淡路島をはじめ泉州地方を眼下におさめることができ、桜やあじさい、さつき、紅葉などが四季おりおりの風情をかもしだし古えには文人墨客として林羅山ほか著名士が当山に遊び一文をものした由緒がある。


     信達崔嵬石逕斜
     海山風景畫難加
     観音堂裡所何有
     一箇野僧持法華

         長文故一部を記載
                佐吉竜書

和泉西国第二十八番札所
南海沿線七福神霊場第五番札所
ぼけよけ地蔵尊霊場第二十三番札所


 10月24日(日)三宝塔落慶法要も終わり
深まり行く秋に優美な姿で佇んでいる。それでは、
長慶寺の秋をご覧下さい。


また、落慶法要の模様 もご覧下さい。

また、5月中頃から6月にかけては紫陽花が
美しい花を咲かせ、泉南での紫陽花の名所と
なっています。紫陽花をご覧になりたい方は
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このアジサイは昨年のものです。

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