大阪府の南部、泉州の中心部に位置する。江戸時代は岡部藩の城下町として栄え、明治末より紡績業を中心に商工業が発展した。岸和田城周辺地区には多くの歴史的遺産が集中している。南泉州地域の中核都市。(岸和田市、貝塚市、泉佐野市、熊取町、泉南市、阪南市、岬町)
【岸和田市のトライアングル構想】岸和田駅周辺(交通利便性向上、市民サービス強化)、岸和田城周辺(文化観光拠点)、旧港再開発地区(住宅・商業・文化・宿泊・緑地等の複合開発)を結ぶ三角形の中心市街地ゾーンで、相互の機能を補完・強化できる街並みの整備を進める。2001年度に第三次総合計画がスタートしている。
 この様な岸和田市の概況にあるが、今回は文化観光の拠点である岸和田城周辺を探訪することにする。

 南海本線の蛸地蔵駅で下車、難波方面からきた場合は、改札を出ると直ぐに踏み切りを渡り、又、和歌山方面から来ると、改札を出ると西に向かってスタートする。 丁度商店街が堺阪南線(府道204号線)まで続いている。堺阪南線に出ると左手に「だんじり会館」が目に付く。
その「だんじり会館」まで歩くと左奥に岸和田城が目に飛び込んでくる。
この「だんじり会館」には、岸和田の「だんじり」の実物が展示されるとともに、「だんじり祭り」の歴史や模様が紹介されている。

 左のマップは岸和田一番の観光スポット「岸和田城」界隈を切り取ったマップで、この「岸和田城」をゆっくり歩いて一周するのに30〜40分、天守閣に上って展示物を観覧するとともに天守閣から市内を一望するのに1時間、まぁ2時間もあればゆっくりとお城見学が楽しめる。
お城の見学が終ると、岸和田本町の横断歩道を渡り一つ奥に入った通りに本町郵便局があり、その前の通りが旧紀州街道である。この通りは紀州街道だけに昔の趣きある佇まいを見る事が出来る。この通りの上手(北方向)に「岸和田市立自然史博物館」がある。又、左下(南方向)に歩いて散策すると城下町の雰囲気が漂って来る。円成寺、光明寺がある1500〜1600年代に建てられたお寺の様だ。そこからもう少し南に下ると、蛸地蔵天性寺に着く。
以上、この界隈をブラっと散策するのに半日はかかるだろう。
それでは、この散策探訪した模様を写真で紹介したいと思います。



 1、 三の丸神社

    延元元年(1336年)城の守り神として建てられた、その後、岡部宣勝公が1640年に入城される時に三の丸に移されたので三の丸神社と呼ぶ様になkつた。)


 2、 岸和田城

  建武年間(1334〜36)頃,楠木正成の代官として当地に来た和田高家が,今の野田町あたりに築いたのが岸和田城のはじまりといわれています。その後寛永17(1640)年,摂津高槻から岡部宣勝が入城し,以後,明治維新まで岡部氏が13代にわたって岸和田藩5万3千石を治めました。この間,文政10(1827)年,落雷によって天守閣は焼失し,以後長らく再建されませんでしたが、昭和29年、鉄筋コンクリート造りで三層の天守閣が再建され,また昭和44年には城壁と櫓が再建されました。現在,天守閣と櫓を市立郷土資料館とし,岡部氏の遺品の他,武具や郷土ゆかりの民具,古文書,美術品などの展示を行っております。



  3、 旧紀州街道 

  だんじり会館の前を走る堺阪南線(府道204号線)の岸和田本町の横断歩道をを渡って1本筋を中へ入ると、江戸時代、紀州のお殿さまや岸和田の岡部藩のお殿様が参勤交代で通ったという紀州街道が通っています。歴史的町並保存地区としてきちんと整備された街道沿いは、江戸時代の古い家が、紀州街道に軒を並べて建てられている。街道に面した家はすべて中二階で、裏側の城に面した屋根は、民家から城が見えないように一階建てであるのが特徴である。